学校で行う薬物乱用防止教育の実践

1 はじめに
現代は、情報が過多であったり政情が不安定であったりと、子どもたちにとってもあまり良くない要素が多くて、自分自身をキチンと捉え難い時代なのかも知れない。大麻に代表されるように、薬物の認識の甘さや、履き違えた「個人の自由」の解釈等で薬物乱用の低年齢化が進み、凶悪な犯罪も増加傾向のようだ。つい先日も、高校一年の女子生徒が授業中に隣の同級生をいきなりナイフで刺し、重傷を負わせた事件が報道されていた。そんな社会に住む一人の人間として、何か役に立てることはないだろうか?
幸いにも、私は学校薬剤師として30年以上も小・中学生の子どもたちと接してきた。この10年程は積極的に学校へ出向いて、薬剤師が話す「くすりのお話」と称して、くすりの基本的な知識から、タバコ、アルコール、薬物乱用防止までを出来るだけ分かりやすく話してきた。
小学校へ入学すれば、警察官による「交通安全教室」が開かれる。
義務教育を終えるまでに、薬剤師が話す「くすりのお話」で一緒に考えたい。

2 「学習指導要領」中央教育審議会答申 資料2 H20.1
「学校薬剤師は、健康的な学習環境の確保や感染症予防のために学校環境衛生の維持管理に携わっており、また、保健指導においても、専門的知見を生かし薬物乱用防止や環境衛生に係る教育に貢献している。また、子どもに、生涯にわたり自己の健康管理を適切に行う能力を身に付けさせることが求められている中、医薬品は医師や薬剤師の指導の下、自ら服用するものであることから、医薬品に関する適切な知識を持つ事は重要な課題であり、学校薬剤師がこのような点において更なる貢献をすることが期待されている。」
上記の様に中央教育審議会は学校薬剤師の仕事を正確に理解した上で、更なる貢献を期待する、と文書ではっきり示している。このことは、全学校薬剤師が十分に心得ておく必要があると思います。

3 配布したテキストの付録部分 「用語解説」
・  ライフスキルの定義
複雑で困難な問題に満ちた社会の中で成功し、直面する多くの問題を効果的に取り扱うのに必要とされる一般的な個人および社会的スキル。
日常生活で生じるさまざまな問題や要求に対して、建設的かつ効果的に対処するために必要な心理的能力。
ライフスキルの3つの重要なポイント
「学習や経験によって獲得可能な能力」
「さまざまな問題や状況に応用可能性が高い、一般的・基礎的な能力」
「心理社会能力」
重要なライフスキル:セルフエスティームの形成、目標設定、意志決定、ストレスマネジメント、対人関係(社会的)スキル。
これまでの健康教育のほとんどが、「知識中心型」もしくは「脅し型」の健康教育でした。もちろん健康教育において知識を提供することは意義のあることです。しかし、知識を獲得するだけでは必ずしも行動には結び付きません。なぜなら、青少年の危険行動に限らず、人の取る行動には多くの要因が関係しており、知識はそうした要因の一つでしかないからです。1970年代になって欧米では社会的要因の影響に対処するスキルを育てることに焦点を当てたプログラムが開発され、効果をあげました。
しかし、こうした社会的要因の影響を全ての青少年が同じように受けるわけではないことが次第にわかってきました。特に、自分の能力や価値に対する自信がなく、周囲の人と良い人間関係を作ったり、ストレスや怒りなどの感情をコントロールしたり、問題状況において合理的に解決策を決定するといった、私たちがよりよく生きていく上で不可欠な基本的心理社会能力(ライフスキル)に欠ける青少年が、社会的要因の影響を受けやすく、さまざまな危険行動をとりやすいのです。

今日では、思春期のさまざまな危険行動の根底には共通要因としてライフスキルの問題が存在しており、その形成を図る事によって多くの危険行動を防止することが可能であると考えられるになってきています。またライフスキル教育を取り入れた健康教育は、これからの学校教育の主要目標である「生きる力」の形成にも貢献する可能性が高く、21世紀の健康教育のモデルとみなすことができます。

・  セルフ・エスティーム(健全な自尊心)
英語のself esteemで、日本語では「自尊心」「自己肯定感」または「自尊感情」と訳される。ありのままの自分を好きになること、自分自身が大切な価値ある存在であると思えること、自分にある程度自信をもって思考や行動ができるという心の状態にあることをいう。
自分という存在をまず肯定し、大切に思えることが、他者との友好な関係を築き、社会へ関わる気持ちを育む基本であるとして、近年、その重要性が認知されてきた。
セルフ・エスティームを十分にもてないことが、非行や拒食症の原因であったり、また生きる意欲の低下をもたらすことがあるため、特に学校教育や社会教育の現場においてどうそれを育成していくかが大きな関心事となっており、さまざまな実践活動が行われている。

・ セルフ・エスティームを考える (大阪YWCA教育総合研究所 金 香百合)
「あなたは自分のことが好きですか?」
(自分のことをどのように感じているかは、ものすごく大事なこと)
「心の栄養足りてますか?」
* 自分のことを大切にしてもらっていると感じていますか?
* 自分は誰かに温かい関心を向けてもらっていると感じますか?
* 自分が落ち込んだとき温かいまなざしをもらっていると感じますか?
* 自分を認めてくれる人がいると感じますか?
* 自分を誉めてくれる人がいると感じますか?
* 自分が失敗するときを含めて、あるがままに受け入れてくれる人がいると感じますか?
* 自分は、これらのことをひっくるめて、自分は生まれてきてよかった。なぜなら、誰かに愛してもらっているから、と感じていますか?
・ 「聴く」 ~5つのポイント~
① 相手に関心を持つ
② うなずきながら聴く
③ 共感しながら聴く
④ 聴いたことを大事に受けとめ、その秘密を守る
⑤ 相手が沈黙したら沈黙に寄り添う

「セルフエスティーム」とは、自分のことを大事だというだけでなく、人のことを大事だと思える感情。「わたしが好きで、あなたが好き」。人とかかわりあう中で学んでいくことを心がけることです。

・  誘われたら          (ドラッグなんていらない 水谷 修 青山書房)
① 知らない人に誘われたとき
学校からの帰りや街に遊びに行ったとき、街角にいる外国人や怖そうなお兄さんにドラッグをすすめられたときは、どうすればいいのでしょうか?
そんなときは、その場を立ち去る。少しだけ早足でまっすぐに歩き去る。でも、もしも手をつかまれたり前に立たれたときは、「怖いからいりません」ときちんと断る。それでも、しつこくつきまとうようなら「だれか助けてください」と叫ぶ。
② 怖い人や好きな人、友だちから誘われたとき
もしも、怖い先輩や好きな人、信じている友だちからドラッグを誘われたときは、みなさんはきちんと断ることができますか?
ドラッグの誘いだけでなく、「みんなで万引きしよう」、「みんなでカラオケに行こうか」、「みんなで朝まで遊ぼう」など、どんな悪い誘いにも、次の四つの断り方をふだんから練習しておいてキッパリ断りましょう。
(1) 話題を変える
まずは「話題を変える」ことです。もし、「おまえ、俺の後輩だったよな。今日みんなでドラッグパーティーをやるけど来るよな」などと誘われたら、「先輩、大リーグの松井すごいですよね。ホームランも打つし・・・」などとまったくちがう話題にもっていく。「この前のテレビのあの番組おもしろかったですね」でもいいので、何度も違う話題にもっていく。 これでダメなら次の作戦。
(2) 壊れたレコード大作戦
この作戦はとても簡単です。ともかく同じことばをくり返すこと。好きな人から「ドラッグの安全な使い方を教えてやるよ、いっしょに使おう」と誘われたら、「お母さんにしかられる。」「気持ちよくなるよ」と言われても「お母さんにしかられる」。「いっしょに使わないと、おまえのこと嫌いになるよ」と言われても「お母さんにしかられる」をくり返す。このとき注意することは、相手の顔を絶対見ない。できるだけ小さな消え入るような声で答える。
(3) 3D作戦
「だって・・・」、「でも・・・」、「どうして・・・」を順番を変えながらくり返す。「ほら、これが覚せい剤だよ。きれいだろ。いい気持ちになるよ」と言われたら、「だって・・・」と下を向く。「大丈夫だよ。僕はもう2年も使ってるよ。こんなに元気だろ」と言われても、「でも・・・」としゃがむ。「いいから使えよ」とせまられたら、「どうして・・・」とうしろを向く。
(4) 逃げる
必ず「道の広いほうへ」、「道の明るいほうへ」、「人の声がするほうへ」逃げる。
ともかく全速力で逃げる。

4 今後の課題
・ くすり教育に関する、直接聞き取り調査(役員が分担)
・ 平成21年6~8月、名古屋市内全中学校110校(有効103校)
「くすり教育」
すでに実施 11校(10.7%)
未実施  92校(89.3%)のうち
タバコ、アルコール、薬物乱用防止の取り組み有 40校(43.5%)
何も取り組みがない              52校(56.5%)
・ 学校薬剤師の意識
依頼があれば出来る61校+(すでに実施11校)=72校(69.9%)
学校薬剤師が対応不可能             30校(29.1%)
学校薬剤師以外が実施              1校(  1%)

名古屋市の全中学校担当薬剤師に対する、直接聞き取り調査では、多くの問題点が浮き彫りになって来た。
聞き取り調査は、5人の役員が一人当たり22名の担当者に電話もしくは面接で行った。
一番大きな問題は、2009年6月に改正された薬事法の下で、一人薬剤師の場合は学校へ検査に行くのでさえ容易でなくなったことである。薬局を閉めて行かねばならない状況に「くすりのお話」に行けとは何事か?というお叱りの声が重くのしかかって来た。
そんな厳しい状況の中ではあるが、学校薬剤師の意識は格段に向上して来たと感じている。学校から「くすりのお話」等で依頼があれば行うと回答した人が約7割に達した。平成24年度から中学校においては、新教育指導要領によりくすり教育が授業に取り入れられる。名古屋市学校薬剤師会としては、くすり教育には是非学校薬剤師をゲストティーチャーとして活用するよう求めて来たが、概ね対応出来る状況が出来上がりつつあると、非常に心強く思っている。
しかし、依然3割程の会員が、高齢でもあり人前で話をするのは苦手で勘弁して欲しい。どうしてもやれと言うなら、学校薬剤師を辞退する、という現状です。医薬分業で忙しくなった上、薬事法で規制される。おまけに学校薬剤師の報酬は医師等と比べても低い。これでは若い薬剤師を確保するのは至難の業といえる。
このような現状は、日本中大きな差は無いのではないか?
そんな中でも、学校薬剤師としてのモチベーションを維持・向上させたいと願っている。

やはり、学校薬剤師の仕事は、人として・薬剤師としての生き甲斐につながる素晴らしい仕事だと、アピールし続けることが一番大切な事だと思います。
諸先生方のアドバイスを切に願っております。

樋口光司